Q.最初にサーフィンを始めたきっかけを教えてください。
「神奈川県の茅ヶ崎生まれで、目の前が海という環境だったことと、父親がサーフィンをしていたので、3歳の頃には自然と海に入ってボードに乗っていました」
Q.プロを目指したのはいつ頃ですか?
「子どものころから父親のサーフィン関連ビデオを見て、地元の先輩サーファーに世界のトップレベルについて教えてもらい、とくにケリー・スレーター(世界チャンピオン9回、WCT優勝を誇るサーフィン界の最高峰プロ選手)のサーフィンに衝撃を受けました。
もう小学生のときには夢はプロサーファーでしたし、中学2年で東日本の大会に優勝して、そこからは一気に“自分はプロを目指す!"と勢いづきました」
Q.そして17歳で単身オーストラリアへサーフィン修行に出たそうですが、誰かのアドバイスによるものですか?
「す べて自分で決めました。小学生のときから父親にサーフィンに連れて行ってもらいつつも、やりたいことは自分で挑戦しろと教えられてきました。WCT(世界 プロサーフィン連盟が主催するプロサーファー世界一を決めるワールドツアー)を目指すと決めてからは、まずは海外修業だろうと(笑)。15歳の頃から貯金 を始め17歳のときに実現しました」
Q.オーストラリアは日本とはまるで違っていましたか?
「まったく違いました。オーストラリアはコンスタントに波が良くて「ズルイ、こりゃ上手くなるよ!」って思うくらいたっぷり練習ができる(笑)」
Q.オーストラリアでのサーフィン修行中にレッドブルを知ったそうですね。
「トー イングサーフィン(ジェットスキーで引っ張るスタイルのサーフィン)のDVDを見ていたら、ジェットスキーやボードにレッドブルのロゴが貼ってあって、 “これはなんだろう?"って。ローカルのサーファー連中に聞いたらエナジードリンクで、このロゴはヤバイ奴にしかついていないと教えてもらい、いつかレッ ドブルがついたら最高だなって思っていました」
Q.レッドブルと関わりを持つきっかけは?
「レッドブルが行っている世界のジュニアサーファー向けトレーニングキャンプに招待してもらったことです。ワールドジュニアの大会とトレーニングキャンプの日程が近く、幸運なことに僕の名前が候補リストに載っていたそうです。
そ して突然オーストラリアに担当者から電話があり、「キャンプに参加しないか?」と。最初は最高に嬉しかったんですが、直前になって参加するメンバー名や、 技術レベルを聞いて心臓が飛び出るほど緊張しましたが、「何かのきっかけになるに違いない!」と開き直って参加しました」
Q.実際に参加したレッドブルのトレーニングキャンプはいかがでしたか?
「脳 天をガツンとやられました(笑)。何より驚いたのは、キャンプに参加したメンバーのハングリーで真剣な姿勢です。自分は技術面では負けていないけど、サー フィンに向き合う姿勢は、三流どころか四流じゃないか!と。正直ショックを受けましたが、逆に世界を目指す連中を目の当たりにして、絶対に負けたくないと いう気持ちがさらに強くなりました」
Q.それからレッドブルのサポートが決まりました。当初は体が細かったようですが、現在はすっかりトップアスリート体型ですね。
「じ つは最初に海外選手との体格差を痛感したとき、体を大きくすれば自分のサーフィンも大きくなるだろうと勘違いしてしまったんです。筋トレに重点を置いて 61~61kgだった体重を75kgまで一気に増やし、これで大きなサーフィンができると思ったら、腰や膝に負担がかかって故障ばかりしてしまった。
そ こで初めて、体格差を埋めるには自分のスタイルを確立しなくちゃいけないと気付きました。オリンピックで金メダルを取った北島康介選手だって世界記録を連 発したのは、体格に合った独自のスタイルを確立したからです。一度体重を落とし、今度は柔軟に動く筋肉を増やすべく水泳やヨガを取り入れるようにしまし た。体のどの部分の筋肉を鍛えるかを意識するようになってから、体型が現在のようになり、サーフィンの調子も明らかに良くなってきました」
Q.海外のライバルたちを参考にする部分もありますか?
「あ ります。ハワイやオーストラリアでは4~5メートルもの大波も当たり前のビーチがありロングボードじゃないと乗れない。湘南あたりの小さな波では板をコン トロールするには重いけど、あえて慣れるために乗っています。また、彼らは特製の小さなボードを使って技の練習をしている。次はそれを試してみたい。そう した幅広い練習方法を試しながら自分なりのスタイルを確立してきたいです」
Q.サーフィンはケガと隣り合わせのスポーツだと聞きました。恐怖心はありませんか?
「実際に体験しないとわかりにくいのですが、じつはボードの上で飛んだり跳ねたりしています。海に浮かぶ不安定な板の上なので、着地を失敗すると足のじん帯を痛めたり、切ったりする危険をはらんでいます。
じ ん帯を痛めると3カ月トレーニングできないこともあるので、ケガには気をつけています。あと、恐怖心はいまでもあります。海外の大きな波は津波のような感 じなので、挑戦するときは死ぬ気というか、無心で飛びこんでいます。少しでも気持ちが負けると波に引き込まれてしまいますから」
Q.現在意識しているサーファーはいますか?
「憧 れていたベテランたちはスタイルが完成していると思うので、南アフリカ出身のジョディ・スミスやオーストラリア出身のジュリアン・ウィルソンといった同世 代のサーファーを意識しています。彼らは世界の頂点を目指して貪欲に多くを吸収している。僕も同じ目線に立って追いかけないといけない」
Q.この先の目標は?
「軽 々しくWCTへ行くとは言えないけれど、そこを目指すという気持ちは強く持っています。現在必要だと感じているのは技術的な部分よりメンタル面を強化する こと。大会では精神的に追い込む部分とマイペースを守る部分の配分が重要です。経験を積み重ねることで、目指すWCTレベルに近づくことができると感じて います」
Q.サーフィンを知らない人たちにサーフィンの魅力を伝えてもらえますか?
「一般的な人々にとってサーフィンはファッションのひとつだと思われがちです。本当はそうじゃない。サーフィンはスポーツとしても、精神的にもレベルが高く、オリンピック競技になってもおかしくないと信じています。
だ からこそ、表面的なかっこよさだけじゃない部分を世間に発信していかなくちゃいけない。真剣にサーフィンに取り組んでいる人ほど、海の環境を考えていて ビーチの清掃や海のゴミ拾いなども地道に行っている。自分一人でできることはまだまだ小さいですが、自分から始めなければ誰もついてこないですから」
Q.将来サーファーを目指す子供たちに一言おねがいします。
「サー フィンは自然とのスポーツなので、とにかく海を楽しんでほしい。楽しまないと上手くならないよって。僕は子どもたちの憧れの先輩となるよう、大会で結果を 出し、海の清掃活動などを行って、父親や先輩たちが僕にしてくれたように、背中を通して楽しさや素晴らしさを教えてあげたいです」
Nobuyuki Osawa
Nobuyukiの詳細
Nobuyuki
名前 大澤信幸
ニックネーム NOBU
身長 170cm
体重 73kg
年齢 21歳(1988年1月27日生まれ)
経歴
サーフィン歴 17年
戦歴
2002年 East Japan Championship Boys Class 1st
2007年 ASP Japan Tour Jr. Champion
2008年 Oakley Pro Jr. 1st
2009年 レッドブル・アスリートの一員となる。